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幼い頃に忘却の淵へ落ちていってしまったものを、ひろいあげるみたいに。

スクラップ、メモ。


Like saving what has fallen in the abyss of forgetting in childhood.

Scraps and memos.

 

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たんぶらびゅーあー - infant Amnesie

 

Archive

Jan
16th
Fri
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家族というのは基本的に「会食する集団」でしょう。デートというのも基本的に「いっしょにごはんを食べに行くこと」ですよね。どうしていっしょにごはんを食べるのかって言えば、ごはんを食べているときに、美味しいかどうかで、その人といて楽しいか楽しくないかが分かるからですよ。家族でごはんを食べるのは仲がいいから食べるんじゃない。その逆です。「いつごはんがまずくなるか」をチェックするために、いっしょにごはんを食べる。ぼくはそう思っているんです。

ごはんを食べていてまずくなったら、それは家族の危険信号なんです。だいたいテレビドラマでも、家族の間に亀裂が入ると言うときは、ちゃぶ台をひっくりかえすか、作ってくれたものを残して「もう、いらない」と席を立つ場面ですからね。

セックスするまでもなく、男と女はいっしょにごはんを食べるだけで、いっしょに居られる人かどうかはわかるんです。うまくゆかない相手とだと、ごはんの味がしないから。「味がしない」というのは、「この人といっしょにいても、あなたの心身のパフォーマンスは上がらないです」って身体がシグナルを送ってきているわけですから。いくら頭が「いっしょにいるほうがいい」というメッセージを送っても、消化器の方が「いやだ」って言っている。だから、食事の時にたわないことをしゃべっていても、やたら食が進んで、「おかわり」と言える時は、身体が「この人とは相性がいいよ」って教えてくれているんです。(P.57)
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妻と離婚することになったから、息子に「お父さんとお母さん、どっちが好き?」っと聞いた
息子は食べていた肉まんを二つに割り、「どっちがおいしい?」っと聞いた
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hugo-strikes-back:

nipple slip (via Anton Svenson)

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nipple slip (via Anton Svenson)
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また、儀式的な背景も関与した。「児灌頂」(ちごかんじょう)というものがあるのだが、これはもっぱら少年を稚児に変えるものだと解釈されてきた。そうではあるが、この儀式の本尊が観世音菩薩であって、観音が「変化」(へんげ)を主旨とした菩薩であることから、ここには観音と稚児とが双性的であるという観念が動いていたはずなのだ。このことは『児灌頂私記』や『稚児観音縁起』などの資料にもあきらかで、「この灌頂を受くる時、まさに汝、観世音菩薩なるべし」とされ、この儀式は結願(けちがん)の夜に、稚児の「法性花」、すなわちアナルが師僧のペニスを受け入れることで完了するようになっていた。
 こんなふうに書くと困った顔をする読者も少なくないだろうが、ここにはなんらかの「聖化」が関与しているということなのだ。
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Jan
15th
Thu
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ほら、もう死にたいとか言える歳じゃないんですよ。アプローチを変えなきゃいけない。キッパリ死ぬか、煉獄を生きるか。煉獄に耐えうる心が欲しい。精神の軟弱な僕だから。それを言い訳にして逃げたがるから。
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lilfrosted:


microwalrus:

breathe (via yuki)

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(via haze)
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残念ながらそのとおりなんだよな…… だが、落ちる人間は決して頭が悪いのではない。 生活リズム、勉強のリズムを作り出せない人間なんだ。 勉強が出来る出来ないより、そっちのほうが重要ということ。 これから浪人する人はそこを肝に銘じてほしい。精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。 根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうんだ。 by落合博満
UNDER 3:  
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(via haze)
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