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幼い頃に忘却の淵へ落ちていってしまったものを、ひろいあげるみたいに。

スクラップ、メモ。


Like saving what has fallen in the abyss of forgetting in childhood.

Scraps and memos.

 

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たんぶらびゅーあー - infant Amnesie

 

Archive

Jan
26th
Mon
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我々の行動原理は、非常に単純だ。それは米100ドル札の図柄にもなっている、ベンジャミン・フランクリンの言葉に集約されている。

「ほんの少しの安心と引き換えにいちばん大切な自由を手放す人は、自由も安全も享受する資格がない。」

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Jan
22nd
Thu
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woool:

comissioned- women’secret (via wailintse)

woool:

comissioned- women’secret (via wailintse)
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人間は、他人のためにやっているという感情をもってやると、
汚れてしまいますよ。
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woool:

there was an amusement park (via ::Luka Yang::)

woool:

there was an amusement park (via ::Luka Yang::)
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「自分が手の届く範囲のことを一生懸命やることが一番の宝だ」というのは本当だと思います。
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hi-drop-69:


sskr31:

nagas:

video1:

mocrlbmut:

urone:

firedfly:

うちゅうの
そとがわ

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mocrlbmut:

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うちゅうの

そとがわ

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sayama:

“同じ品質、同じ量のアイスクリームを、「四角」と「丸」、別の容器に入れて、価格を揃えて販売すると、 「丸」い容器のほうが圧倒的に売れる。それがマーガリンなら、白いものよりも、黄色く着色したほうが売れる ユーザーに「どんなアイスクリームが食べたいですか ?」なんてアンケートを行ったところで、 「丸い容器がいい」なんて回答は得られない。誰もが自分は「自分は頭がいい」と思っているから、 アンケートには「品質がいいもの」だとか、「環境に優しいもの」だとか、考えているようでいて、 自分の購買を促した何かとは全く異なった答えを返す 丸いアイスクリームを購入した人に種明かしをして、「どちらも同じだったんですよ」なんて指摘したあとでさえ、 たいていの人は気取ろうとする。素直な人なら、「こっちのほうがおいしそうに見えたから」なんて 感想を述べるだろうけれど、「頭がよく見られたい」ほとんどの人は、「丸い容器のほうが丈夫」だとか、 「丸い容器のほうが環境により優しい」だとか、種明かしをされるほんの一瞬前まで、 想像もしていなかったような「事実」を、その場で創作してみせる”

共同体工学のすすめ - レジデント初期研修用資料

今読んでる本にも全く同じような実験の説明が書いてあった。いわく、人は選択するときに理論(rational)よりも根拠(rationale)を欲しがる。後付けでもいいから根拠(=自分に対する言い訳)がつけやすい方を選びたがる。この場合、丸い容器は他に特徴がない場合、安心感というか、一般的なアイスクリームの品質を投影している?

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さて、ここからは松本&内村コンビが披露したこのネタの構造を考えてみたい。

実質7分半のネタ時間の間に8つの大きな山をつくり、そこを起点にして数多くの“手数(=客の笑いを起こすポイント)”がちりばめられているのがこのネタの特徴である。珍妙な格好の刑事の登場、登場してからの刑事のアクション、あっさり殉職、絶叫される刑事の名前、刑事の写真、写真に被さるナレーションと、ネタの構造を見るだけで、ひとつの山ごとに6つのポイントが盛り込まれている。単純計算すると8×6で48。実際には細かなアクションや言葉による笑いも盛り込まれているので、手数自体は48×2だったり48×3だったりする。つまり今回松本と内村がとった作戦は、手数を生み出しやすいコントの構造を作り上げるところから始まっているのだ。

しゃべりのスピードを上げることによって、手数を増やすことは可能だ。たとえば07年のM-1グランプリに登場したキングコングやトータルテンボス、08年のNON STYLEなどがそうだ。しかしスピードアップされたお笑いは、すべての手数が機能するとは限らない。単純な話、客がそのスピードについていけないのだ。結果、キングコングとトータルテンボスはサンドウィッチマンに敗れ、NON STYLEはネタを超絶技巧でこなすことによって手数の多さを客にきっちりと伝えて勝利した。

ブログでお笑い論を展開している現役芸人のサンキュータツオは、M-1に登場するお笑いコンビを“手数”の概念で解説したパイオニア的存在である。彼の解説によると、漫才コントで手数の多さを突き詰めたのがサンドウィッチマンであり、しゃべくり漫才で手数を極限まで増やしたコンビがナイツなのだという。この両組は単にスピード感のあるやりとりで手数を増やしたというだけではなく、手数を増やすために漫才の構造自体を変えてしまったという点が共通している。構造は“スタイル”と言い換えてもいい。サンドウィッチマンはフリをなくすことによって手数を増やし、ナイツはボケの言い間違いを起点にしてそこに複数のツッコミを被せることによって手数を増やすことに成功した。

そして2008年のM-1グランプリでナイツが漫才を披露したとき、手数について言及したのは、誰あろう松本人志だった。手数そのものはNON STYLEのほうが多かったが、松本はナイツの審査のときに手数についてコメントした。それはナイツの“手数を増やす漫才の構造”に松本が着目したからだと言っていいだろう(このあたりについては、サンキュータツオのブログに詳述されている)。

今回披露された松本&内村コンビのネタには、はっきりとした8つの笑いの起点があり、そこに細かな手数をちりばめている形である。漫才とコントの違いはあれど、ひとつの起点に小さな手数を重ねていくという構造だけを見れば、ナイツのスタイルと似ていると言ってもいい。ナイツも松本&内村コンビもいずれも手数を増やすための構造を作り上げているのだ。客にとっても非常にわかりやすく笑いやすい。笑い飯のようなボケの交代も取り入れられ、全体の流れにアクセントがついている。M-1とドリームマッチは、いずれも限られた時間内で笑いを競うイベントである。M-1で感じた笑いの方法論の進化を、松本(と内村)が自分たちのネタに取り入れたのではないだろうか?

ちなみに、松本がナイツの手数についてコメントした08年のM-1放送日は12月21日。そしてドリームマッチの収録日はというと、その前日の12月20日だったりする。内村とともに手数を意識してネタを作り上げた翌日にナイツの漫才を見た松本が手数に言及した、というのは自然の流れのような気がする。

松本と内村はベテランでありながらも、それぞれ貪欲に笑いの最先端を模索しつづけている芸人である。このふたりがコンビを組んで化学反応を起こしたとき、最先端の笑いの構造を取り入れながらも、観客の笑いに最適化したネタを完成させたとしてもおかしくはない。それぞれ名前に頼らずに新しい笑いを模索した結果が今回のベストカップル賞、ということなのだろう。このふたりが数年後、またコンビを組むようなことがあれば、そのときはまたまったく違う形の笑いを見せてくれるような気がする。

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