infant Amnesie RSS

幼い頃に忘却の淵へ落ちていってしまったものを、ひろいあげるみたいに。

スクラップ、メモ。


Like saving what has fallen in the abyss of forgetting in childhood.

Scraps and memos.

 

infant Amnesie random

 

たんぶらびゅーあー - infant Amnesie

 

Archive

Jul
4th
Fri
permalink
なぜだろう。いつでも、さようならが愛の言葉だ。
どこにもない故郷を探してる。どこにもいない君を探してる。
夢のしっぽをつかまえた。
そしてそのしっぽは、つやつやした毛並みの猫みたいに、
するりと僕の手をすりぬける。

20080628 知らない街で

2008-06-28 - G.A.W.

(via ginzuna)

permalink
permalink
lilfrosted:
quarta poser.. (via re_)

lilfrosted:

quarta poser.. (via re_)
permalink
あしたのぼくにやらせよう。
permalink
lilfrosted:

suyhnc:

emixyz:
I love magazines (via Gui, o gato)

lilfrosted:

suyhnc:

emixyz:

I love magazines (via Gui, o gato)
permalink
permalink

Bogaert, A. F. (2003). “Number of Older Brothers and Sexual Orientation: New Tests and Attraction/Behavior Distinction in Two National Probability Samples.” Journal of Personality and Social Psychology, 84, 644-652

「兄の数と性的傾向」とでも訳すんでしょうか?カナダの大学教授が発表した論文で、944人の男性(ストレートとゲイの両方を含む)からの統計の結果、兄が増えるにつれて弟がゲイになる確率は30%(えらく正確だよね)だそうです。つまり、兄が一人なら弟がゲイである確立は30%。3男の場合は60%。4男なら90%とほぼ確実にゲイ。

これはあくまで同じ母親の胎内から生まれるということが前提で、父親が誰でもあんまり関係ないようです。

permalink
permalink
permalink
イチローのセーフティー・バントの成功率があまりにも高いので、やがて、内野手がそれに備えて前進守備をしくようになる。あるとき、三塁手が極端に前を守っていた。このとき、イチローは、三塁手のすぐ左を、鋭いゴロで抜き、これを長打にしてしまう。当たりは強かったが、三塁手が定位置で守っていれば、充分に捕れただろう。このヒットに関して、イチローは、ぼんやりしていると聞き逃しそうな微妙なことを言っている。三塁手がいつもよりずいぶん前の方にいるということは、打つ前からわかっている、その「情報」は、「インプット」されている、と言う。それならば、三塁手の横を抜いてやろと、始めから意図していたのか、と問うと、そうではない、と言う。そういうことを最初から狙っていても、必ずしもできるものではない、と言うのだ。ということは、たまたま運よく、打球が都合のよいところに転がったということだけなのか。それも違う。どちらでもないとすれば、真相はどうなのか。イチローの言っていることをパラフレーズして言えば、こうである。三塁手の横を抜くことが出来るとー身体がー判断するのは、ボールが投手の手から離れ、イチローがそのボールを見たときである、と。このボールを打てば、三塁手の左を破ることができる、とわかるのである。どんなボールが来るのかわからない段階から、あの位置にボールを転がしてやろう、と意図したところで、虚しいだけなのだ。だから、三塁手の左横へ打とうという決断は、打つ前に、つまり事前に属しているわけではない。が、かといって、それは、事後から見た、結果論というわけでもない。物理的に言えば、スウィングの渦中にくだされた最終決断は、事前にも事後にも属さない、という特権的な瞬間に属しているのである。
~大沢真幸「イチローの三振する技術」
permalink
permalink
permalink

創造的に生きるには、自己中心的になる必要も、難行苦行をする必要も無い。野に咲く花を見れば明らかなように、生命は本来すばらしく創造的だ。すでに、宇宙の存在自体が途方もなく創造的ではないか。

創造性は、特殊な人間だけが所持するライセンスではなく、宇宙が、わたしたち一人ひとりの誕生を祝って贈ってくれた花の「つぼみ」だ。それを開花させるのは、わたしたちの仕事だ。

しかし、見知らぬ世界へと開花することの恐れは、閉じたつぼみの安全を選ぶ。すると、創造性も閉じ込められてしまう。つぼみが恐れるのは、開花の失敗ではない。本当は成功が怖いのだ| ここには、未知の自己を発見することへの恐れが隠されている。そんなことをすればいったい自分はどうなるのか?巨大な不安がのしかかる。

しかし、ほんとうの自己は宇宙と対立する「わたし」のエゴイズムのなかではなく、「つぼみ」のなかにあることがわかれば、安心してつぼみを開くことができるだろう。すると、宇宙と身体とをつなぐチャンネルも開き、創造性が開花する。

チャンネルを開くには、無意識の中に沈殿している自己懐疑を捨てるのだ。自己懐疑は、身近な人たちから発せられる否定的なメッセージが身体のなかに蓄積した「毒」だ。この毒はつぼみを傷つける。傷を癒すには、過去の記憶を辿り、自己懐疑の原因を意識化したあとでこれを捨て去るのだ。

創造性が覚醒すると、日常的な意識レベルからの離脱が起こり、こころが統合され、夢が明確になる。すると洞察やインスピレーションが訪れる。あるいはさらに深い神秘的な体験に驚かされるかもしれない。そこから先は、一歩一歩、導かれるままに進んで行けばよい。

岩竹徹 “コンピュータミュージック (新コンピュータサイエンス講座)” 1994 より

http://www.amazon.co.jp/dp/4274129608

(via yuichirock) (via ak47) (via proto-jp) (via fialux) (via voqn)

permalink
permalink
tsuyatsuya:

「肋骨ミュージック」右手の五線譜は 動脈に左手の五線譜は 静脈に(規則正しき ヘモグロビンの音符が流れる にちようび)
(via 砂の上の文字群2 … 形に惹かれる nekono ネコノ
)

tsuyatsuya:



「肋骨ミュージック」

右手の五線譜は 動脈に
左手の五線譜は 静脈に

(規則正しき ヘモグロビンの
音符が流れる にちようび)

(via 砂の上の文字群2 … 形に惹かれる nekono ネコノ

)